(2024/12/13).
ダッシュボードに『色即是空』が載っていた。
東洋哲学の至言と思う。世界を透徹した視点の結果の至言と思う。
東洋哲学は無駄の排除での概念の純粋化の自然観と思う。
悟りとは?-色即是空の自然観ー (2014/03/25)。
色即是空の自然観 (2023/06/18)。
色即是空と物理学 (2023/08/05)。
自然世界の解釈に、物理学がある。その理論の根幹を成す基本概念の矛盾を排除、削ぎ落した結果が『電荷否定』になった。
(2024/12/13).
ダッシュボードに『色即是空』が載っていた。
東洋哲学の至言と思う。世界を透徹した視点の結果の至言と思う。
東洋哲学は無駄の排除での概念の純粋化の自然観と思う。
悟りとは?-色即是空の自然観ー (2014/03/25)。
色即是空の自然観 (2023/06/18)。
色即是空と物理学 (2023/08/05)。
自然世界の解釈に、物理学がある。その理論の根幹を成す基本概念の矛盾を排除、削ぎ落した結果が『電荷否定』になった。
電気回路の物理現象を研究対象として、その根源的基礎物理体が空間に実在する『エネルギー』ただ一つであった。その物理的現象世界が自然界である事を確信する道程であった。『電荷』も『電子』も科学論の世界の誤解概念だった。
次に載せた二つの図は2015年6月に、久しぶりに取り組んだ、科学理論の基礎的検証実験の図である。変圧器の奇想天外実験 (2015/06/02) の冒頭の図である。しかし、何故かこのファイルはブログのメディアデータから削除されて無くなっていた。

鉄心に三本の絶縁電線(1-1’、2-2’ および 3-3’)を巻いた。
三本の内 1-1’の絶縁電線が特別の、難燃架橋ポリエチレン線で他の二本のエナメル線に比べて高誘電率の絶縁電線である。➁電圧と分布エネルギー その電源電圧Vs[V]に対するエネルギー分布密度w[J]の脈動波形の大きさに差が生じる。その訳がどの様な意味であるか❓ただし、この波形は測定できない。

上図は、電線の1ー1’と2ー2’の一端に商用電源の電圧100Vを掛けた。勿論負荷はなしの無負荷である。その時の、線路終端の電圧を計った。エナメル線の3’端との間の電圧が 40V と16.6V と成った。
さて、電線3-3’には何も電圧は掛かっていない。
これは、自宅の台所で行った実験である。恐らく誰も考えない実験であろう。だから奇想天外診断と名付けた。「電気回路は『電子』が電源電圧の負側から電線金属内を負荷に流れる。」等と言う間違いが現在も教科書の指導内容になっている。教科書の内容を疑わない科学者には、決して取り組まない研究実験内容である。
このような実験結果は、何方が試しても同じ結果が得られる。それが科学の確かさを認識できる拠り所だ。
要は、この実験結果の僅かなデータでも、そこには電気回路現象の科学論としての真理が現れているのだ。
この測定結果の物理的意味をどの様に解釈するかの問題であろう。『電子』あるいは『電荷』の現代物理学理論で解釈出来るでしょうか❓
しかし、この「空間エネルギーの伝播現象」という物理現象の解釈は、理解されないまま今に在ると思う。同時に、『静電界は磁界を伴う』という1987年の報告も無視されたままのようだ。
それが日本学術会議の 2015年7月29日や2016年2月8日の教育に関する報告である。電荷と科学リテラシー (2016/2/10) に在る。
(2024/11/29).
矢張り電気回路で、物理学理論の岩盤基礎概念である『電荷』の論理矛盾が、長い過去からの200年以上に亘る時代を経て、現代科学理論の根底を成している異常を認識しなければならない。
その矛盾が、現代社会の科学論の常識として社会に蔓延っている現実を指摘しなければならない。
それは現在が、現代から未来への社会の、人の心の革命的課題として苦痛を乗り越えなければならない起点に在ると言う事だ。
上の回路は、空間エネルギーの発見 (2023/7/7)、および物理学理論(電荷と電圧) (2022/11/18) に取り挙げたものだ。
上の回路の電源は、方形波電圧を更に変圧器を通してコンデンサに印加する回路構成である。その直流電圧の極性を切り替える仕組みの方形波電圧源は『インバーター』という現代の汎用回路技術だ。太陽光発電の基本回路として使われている。更に変圧器を通して、図➂の方形波電圧をコンデンサに印加した仕組みと成っている。
専門的科学理論の、その不可解な実態。
専門的科学理論の不可解さを、『電荷』概念の矛盾で確かめたい。
この回路で考えて見よう。電気回路技術者はコンデンサと言えば、無意識的に『電荷』での回路電圧解釈が頭に描かれる。それが、教育を通して『物理学理論』の意味が全ての子供達に脳に刷り込まれている。だから、『エネルギー』がコンデンサに蓄えられる等と言う自然世界の真理は子供の時から、子供への教育から排除されている。
今こそ世界に、和の哲学的智慧・真理を説く先鋒を担わなければならない時代を迎えたのだ。
コンデンサはエネルギーを貯蔵する電気回路要素だ。この意味を理解できなければ、『オームの法則』の物理現象が理解できないことになる。
新電気回路理論 (2022/09/01)。の意味が理解できないことになる。
電源電圧の物理的意味が理解できない意味がここに在る。
電磁エネルギーは電気回路現象も伝播伝送もみんな空間を光速度伝播する『エネルギー流』現象なのだ。だから『電子』概念では物理現象の信頼に到達できない!
(2024/12/02).
現代物理学の基礎分野に『電気磁気学』がある。
その中でも、その電気磁気学に関わる初歩の学習内容が『オームの法則』である。
それは、電源と負荷を二本の電線で繋いだ電気回路の、その回路動作特性を解釈・解析する貴重な電気技術法則だ。しかし、その『オームの法則』は物理法則とは言えないだろう。それは電気科学技術法則であるが、物理法則とは言えない。
物理法則と言えない理由。
電源の『電圧』によって、回路に掛かる電気的強さが決まる。その『電圧』によってその電気回路の持つ『機能』の基本的特性、限界が決まる。
先ず理解して欲しい要点は、電気回路が電源から負荷に『何』を供給する為の技術設備か❓である。
物理現象、電気回路の物理現象とはどの様な事と解釈するか❓それは上で指摘した『何』がを明確に認識しているか❓から始まる。
『何』がの意味を答えてください。
答:___。
教育とオームの法則 (2020/9/6)。で大切な理科教育の考え方を述べた。
『オームの法則』は優れた技術法則である。それは基本概念用語が『電圧』と『電流』そして「負荷抵抗」の三つの技術概念だけで解釈できる点である。その三つの概念の量的数値によって電気回路の特性、機能を捉えるとても簡便な法則だ。
しかし、その『電圧』と『電流』そして『負荷抵抗』がどの様な物理量を捉えたものかかを答えられるだろうか❓
『何』は『エネルギー』である。
電気回路は『何』を使い、消費する設備か❓それは『エネルギー』である。
エネルギーは空間を流れ、伝播する物理体なのだ。光は真空空間を、光速度で伝播する空間エネルギー分布波(進行方向に真っ直ぐ流れるエネルギー密度分布波=それを縦波と解釈したい)なのだ。
津波も海水に乗った『圧力エネルギー』の進行方向に伝播する縦波である。
電力送電線路が『電気エネルギー』を伝送する電気設備であること位は理解できるだろう。『電子』などを理論に組み込む概念としたことで、物理現象の意味が解らなくなるのだ。電気料金を消費者は電力量 E[kWH=3600×10³J]のエネルギー量(物理量)に対して支払っている筈だ。
質量も原子も熱も素粒子も、みんな空間に分布した物理量『エネルギー』の自然世界への具現体なのだ。
『エネルギー』は空間に在っても、目に見えない。野球でかっ飛ばされたホームランボールも、空間を飛んで行くボールは見えても、そのボールの『エネルギー』など見えない。
自然科学の勝手論。空間に実在する物理体『エネルギー』を基礎概念として認識出来ない物理学理論の虚飾性に閉口した結果の苦言である。
(2024/12/01).
科学技術万能の様相の現代社会の中で、理科教育の根本の底流に流れる社会的認識の、その異常さを問わなければならないとは❓
その基に在るのは、過去の人類が築き上げて来た現代科学理論の異常という程の矛盾の岩盤と成っている基礎概念なのだ。
学術理論には多くの専門的学術用語がある。それらの中でも、200年の歴史の中で人類が獲得して来た創造的叡智とも言える、基礎的概念・用語となって現代社会の共通な社会基盤と成っているものが殆どである。
それらの科学的概念の中で、最大の矛盾概念が『電荷』なのだ。
何故このような矛盾の概念『電荷』が科学理論の基礎的社会基盤となって来たかが不可思議と疑問の砦となって、筆者には映るのだ。
そこに浮かんで来る、その訳・理由が見える。
人の、人類の意識構造の根底に在る宿命的な本質なのかも知れない。自然世界の純粋さと人の自然世界の解釈意識に反映する様々な欲望による色付け感の間の隔たりなのかも知れない。
自然を利用するという意識は生物に備わる根本的特性であり、それも自然の望む結果の姿なのかと思える。
ただ、科学的という意味で、人類が獲得して来た歴史的業績の全体像を俯瞰すれば、その一つ一つはそれなりに意義ある法則や科学的原理となって、人類社会の基盤として貴重な役割を果たして来た。しかし、それらの法則や原理は、ある視点で自然世界を捉えた、所謂専門的なある種の狭い領域での解釈法である傾向が強い。
そのような特徴を持った科学理論は、それらを唱える専門家の解釈法に縛られて、科学理論という全体を俯瞰する機会も、議論する場も無く、科学者が生涯を掛けてその全体像を吟味する余裕など殆どない。それは哲学の領域の問題であろう。
筆者も一応昔は、電力技術理論の分野で、『エネルギー変換工学』に分類されるような技術論を研究したが、決して『電流』や『電荷』等の概念に疑問を抱くような意識には成らなかった。その訳は、研究者はその専門的分野において研究するだけで、人生は短過ぎるからであろう。余程の『地獄』にでも遭遇しなければ、研究分野は変わらない。
電荷矛盾。
この認識は、科学理論全体を見渡した時、子供達に対する『科学教育』において、『電荷』が自然世界に存在しない。その意味と人類が獲得して来た現代物理学理論との、人の意識構造と関りの現実を社会的認識に昇華しなければならない。
『空間エネルギー』の認識。
科学理論はこの空間を流れる『エネルギー』という物理体を認識して理論構築されていない。光の振動数と言うが、光の何がどの様に振動しているかの具体的な空間像を示していない。光は決して振動などしていないのだ。科学的計測法で、振動数と言う解釈概念を捉えた科学論的手法の専門家的捉え方で、共通な認識法を確立したのだ。光も空間を真っすぐ光速度で進行する『空間エネルギー』の伝播現象でしかないのだ。
電気回路も二本(あるいは三本)の電線で囲まれた空間内を流れる『空間エネルギー』の伝播現象でしかないのだ。決して『電子』や『電荷』ではエネルギーの伝送は出来ないのだ。
物理学理論(電荷と電圧)の論理性❓ (2022/11/18) 。
(2024/11/21).
地球―いのちと神 (2013/12/18)。地球は謎だ! (2013/8/24))。2013年は自然世界の不思議に思いを寄せた記事が多いようだ。
純粋・自然の実相(2024/3/31)は最近のものだ。
少し電気回路の話から離れて思う。電気回路は電気磁気学がその物理学としての基礎と見做されている。しかし、そこには『電子』が理論的岩盤となって、論理性の欠落状態を来している。その基には、光や熱の本質が『エネルギー』である認識が無いことが矛盾の決定的原因と成っているのだ。
物理学で学ぶものに、元素周期表がある。地球上に元素はどの様に生まれたか❓
光や熱の物理現象を考える時、古い時代の竈を思い出す。煙に悩まされながら、竈に薪をくべて、ご飯炊きをした。当時は光や熱などという『エネルギー』の物理体など意識もしなかった。
高等学校の理科の授業で、物理や化学を学習して、難しいが記憶するだけで精一杯だった。炭素の酸化現象の化学記号の式を覚える。
C + O2 = CO2 + E[J]
今疑わしきこそ、この化学式だ。根本的にこんな化学式の現象が自然世界に在る訳は無いのだ。
炭素C、そして酸素O2が結合して、その原子に何の変化も無く、即ち原子の質量と成る等価『エネルギー』がそのままで、別に熱や光の『エネルギー』が生まれる物理現象が自然世界の現象とは成り得ない!!E[J] のエネルギーが『無』から生まれて『有』と成る現象は決して生じない。
今日のダッシュボードに、熱の正体と不 明(2020/08/18).が載っていた。光と熱の物理的正体とその違いは何だろうか❓その正体は同じ物理体『エネルギー』の形態の違いでしかない。
【地球は太陽光線と植物の生命現象によって形成されたのだ。植物が動物を育てた。人間も植物によって育てられた。米の稲も麦もその植物の生命現象による自然が創造したものだ。それによって人は生かされてきた。その植物の細胞生成の不思議に思いを致さずに、自然科学理論とは成り得ない。太陽光線が、その空間エネルギー流が植物の生命現象によって地球を育てて来たのだ。石炭(樹木)も重油(動物)も太陽の光の『エネルギー』によって創られたのだ。】
専門外で、その方面の事については無知である。だから勝手な解釈を許して貰えれば、動物や人間が『元素』を造る機能は持ち合わせて居ないだろうと思う。せめてカルシュウム Ca が骨から❓
『炭素』は木の中で、光合成で創られたのだ。炭酸ガス以前に!!それを次の『一木・一草』のいのちとして述べる。
分からない事が、科学理論の基礎論だ。物理学理論の矛盾だ。
一先ずここで公開とするか。
(2024/11/24).
漸く分かった。
自分のサイトが誰かに乗っ取られた結果であった。
その為、自分が書いた記事を珍妙な事に、「購読」と11月5日から成ったようだ。
実は、昨年も料金の払い戻し事件があった。その原因が何処かの誰かが、私に対する領収書が、何処かの誰かによって勝手に支払われていたようだ。しかし、その事実を私は知らなかった。
今年になって、私への領収書が、自分の支払いになっていなかった事に気付いた。
知らない間に勝手に、サイトが乗っ取られた形になっていた。その結果、筆者が投稿した記事を自分が「購読」するという奇妙な関係のブログサイトと成った。
正常に戻さなければならない。自分が書いた記事で、他の者に介入される状況は許されない筈だ。誰が介入したか❓
不可解な事情が❓ハミルトンの風車からエネルギーを観る (2017/11/19)。
(2024/11/22).
日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務
昭和20年4月。満6歳だから、国民学校に、新入学生として入学する筈だ。私は何処の「国民学校」に入学したのか❓
もし、京都府舞鶴市溝尻海軍住宅の住人が市民としての市長の行政管理権の及ばない時、入学者の対象でなかったら❓何時から、戦後の『日本国憲法』。第三章 国民の権利及び義務 第十条 日本国民たる要件は、どの法律で定められたのか❓
投稿者である筆者の投稿記事が、投稿ダッシュボードに『自分の記事の投稿通知』が届く不可解は、日本国憲法 第三章 国民の権利 が 第十一条 国民は全ての基本的人権の享有を妨げられない。 が司法、行政及び立法上で保障されていないとなる。と考えざるを得ない。
この記事が、筆者に『投稿通知』で届くようなら、それは 日本国憲法 が私に対して、第三章の規定が保証していないとなるのではないか❓
【やはりダッシュボードに、投稿通知が届いた】筆者の人権は❓
それは、第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。・・
によって、私本人が不断の努力によって小学校の卒業などを全て自己責任で獲得しなければならないのか❓
また、穿った見方をすれば、
国民は、これを乱用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。
に文言に対して、
理科教育について、現代物理学理論での、『電子』は学校教育の学習指導要領に対して、その誤りを訴えることは、未来の子供達に大切な要点であるが、行政の取り組みとしてはとても社会的混乱を生じる事で、まさしく公共の福祉に反する、と成りそうな問題である。
教育はあくまでも、子供達の為の教育制度でなければならない。『電子』や『電荷』を否定したら、入学試験の問題作成にも混乱を及ぼす。
(2o24/11/17).
学術理論の一つに、気体分子運動論がある。温度や熱エネルギーに関する科学論だ。
筆者は空間に『熱エネルギー』が存在するとの認識にある。
検索への AI の解説。
『布団乾しと熱エネルギー』と検索。 AIの珍解説が・・。
『熱エネルギーは何処に在るか』と検索。AIによる珍解説。
そこで、他の解説を見る。
IBM: 熱エネルギーとは、分子や原子のランダムな運動によって生じる系内のエネルギーのことです。運動が大きくなると、より多くのエネルギーが生成されます。これは熱という形で伝達されます。
ja.wikipedia.org/wiki/:熱エネルギー:熱はより熱い系(物体)からより冷たい系(物体)へ自発的に伝達されるエネルギーである。熱はエネルギーの移動の形式であり、系の中に存在する物ではない。熱は系の中の境界にも含まれない。・・
等の解説がある。
要するに、空間に「熱エネルギー」という物理量は存在せず、質量体(分子、原子)の運動エネルギーの統計的平均(筆者には意味が理解できない)であり、・・。
等と、気体分子運動論での「熱エネルギー」の捉え方と成っているようだ。
空間に蓄えられた「熱エネルギー」という物理量の認識が気体分子運動論には無いようだ。その意味で、布団干しの熱の布団の綿の空間に実在するとの意味を述べた記事が、布団乾しー温度の理科基礎(仮称) (2016/4/14)だ。
もう一つ、ブログの投稿形式が変ったかを確認したい。その投稿だ。